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大阪地方裁判所堺支部 平成2年(ワ)597号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、金五五〇万円及びこれに対する平成元年三月二〇日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  主張

A  請求原因

一  原告は、左記の「賃貸用マンション」(以下、本件マンションという)を新築するにあたって、平成元年三月三〇日被告を経由しての大阪府建築主事による建築確認をうるために建築確認申請をなし、同年五月八日その建築確認通知を受けた。

富田林市大字甘山一五四六番地の一

家屋番号 一五四六番一

鉄筋コンクリート造ルーフィング葺三階建共同住宅

一階 一九一M2〇三

二階 二二九M2一二

三階 二二九M2一二

二  原告は、本件マンションの建築確認申請書を被告に経由してもらうにあたり、本件マンションの請負業者である高栄住建株式会社代表取締役社長の高比良栄八及び同マンションの設計者かつ建築確認申請の代理人である一級建築士の篠木二郎の両名から、富田林市開発指導要綱(以下、本件要綱という)による公共公益施設負担金(以下、本件負担金という)五五〇万円を被告に納付しなければ、建築確認申請をうけえないと強く言われた上、本件負担金五五〇万円の納付を承諾すること等を内容とする被告との「協定書」に調印することを要望された。

三  原告は、高比良栄八及び篠木二郎両名からの前記要望については、公共公益施設負担金の納付金額が金五五〇万円にも及ぶ高額なものであったため、納得できなかった。

そこで、原告は、被告の都市計画課に平成元年三月初め頃と同月中頃の二回にわたり赴き、また電話も五回し、(1)税金納付以外に、どうして本件負担金の納付を要するのか、(2)右負担金の使用目的の如何についての回答を求めた。

これに対し、被告の都市計画課は、(1)誰に対しても協定書の調印に応じて所定の負担金を納付してもらっている。合法的に建築工事を実施するにはどうしても必要であり、(2)納付された負担金は公園等の新設や整備の費用にあてられている、との回答をした。

なお、その際に原告は、本件要綱には法的拘束力があるのか」との質問はしていないし、被告の都市計画課も、本件負担金の納付があくまで任意なもので、寄付金の性質を有するものであることを教示する何らの説明もしなかった。

四  そこで、原告は、被告の要請する協定書に調印しかつ現実に本件負担金を納付しなければ、被告において何時までも大阪府建築主事への建築確認申請書の経由受付受理をしてくれないものと判断し、早急なる本件マンション建築工事の着工を念願して、止むなく被告の右要請に応じて本件負担金を納付したものである。

したがって、原告による被告に対する本件負担金の納付については、原告がこれを納得して任意になしたものではないこと明かである。

五1  本件要綱に基づく本件負担金の納付は、その適用を受ける者において任意に支払うべきものであって、その本質は何ら強制的要素の伴わない純然たる寄附である。

2  したがって、本件要綱の適用のある建築工事に関する施主の大阪府建築主事に対する建築確認申請書の提出の経由受付受理にあたっては、本件負担金の納付承認等を内容とする協定書の締結並びに現実に同負担金を納付することをその前提条件とすることは、建築基準法の趣旨目的に違反する違法なものである。

3  しかるに、被告は、原告の本件マンションの建築確認申請書の経由にあたり、原告に対し、本件負担金の納付が前提条件である旨の違法な行政指導をなし、その結果、任意によらず原告に対し本件負担金の納付をさせたものである。

被告の右行為は、違法な公権力の行使に該当し、原告は国家賠償法により、その損害の賠償を求めることができる。

4  原告は、被告の違法な本件負担金の納付要請にもとづき、任意でなく、やむなく本件負担金を納付したものであるから、右納付は、地方財政法第四条の五所定の「割当的寄付金等の禁止」に該当するものであり、その結果右法規に違反する法的に許容されない無効なものとなる。

したがって、被告は、原告が納付した本件負担金につき、不当利得としてこれを原告に返還しなければならない。

B  請求原因に対する認否

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実中高栄住建株式会社が本件マンション工事請負業者であること及び篠木二郎が同マンション建築確認申請代理人であることは認め、その余は不知。

三  同三の事実は否認ないし争う。

原告は、その主張時期に被告庁舎都市計画課に来課したことはなく、平成元年三月一日及び同月一〇日に各一回づついずれも電話にて、同課に照会している事実のみであり、その照会事項が①開発負担金の目的は何か、②本件マンションの水道管の設置費用が自己負担となっているが同費用額相当額を負けて貰えないか、③指導要綱に法的拘束力があるのかといった三点であったので、これに対し同課担当職員が①につき「公共公益施設整備に充当するため協力をお願いしている」こと、②につき「開発者負担が原則である」こと、③につき「拘束力はないが、市としては岩根さんのご理解を頂くため十分に説明し、協定を締結させて頂きたい。何でしたら、お宅へお伺いしてさらに詳しくご説明申し上げましょうか」との回答をなしたところ、原告は「開発負担金を負けて貰えないならその必要はない」と明言して、右電話を打ち切っていたのが実情である。

四  同四の事実中、原告が協定書に調印したこと及び本件開発負担金を納付したことは認め、その余は否認若しくは争う。

平成元年三月二〇日、原告は、同課に来課し、本件負担金を納付しているが、その際、同課担当職員が、前記電話照会の件を慮り、再度の右説明方の打診をなしたところ、「その必要はない」旨述べて何ら異議も述べず納付したものである。

五  同五は争う。

第三  証拠

証拠関係は本件記録中の証拠目録記載のとおりであり、ここに引用する。

理由

一  請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二  証拠(乙号各証、証人篠木二郎、同和泉傳、原告)によれば、次の事実が認められる。

1  原告は本件マンションの建築を計画し、一級建築士の篠木二郎(以下、篠木という)に設計、建築確認申請を、高栄住建株式会社(代表者高比良栄八(以下、高比良という))に建築を依頼した。

2  篠木は、昭和六三年八月に、被告から本件要綱に基づく協議のための申請書の用紙を受領し、原告に署名を求め、その際本件要綱について、説明し、被告に納める相当額の負担金が要ること等も説明した。原告は右説明を受けて後、用紙に署名押印した。篠木は、原告を代理して、同年一〇月二八日被告に協議申請書を提出し、被告との協議の手続に入った。

3  篠木と被告との協議の結果、内容が確定したので、原告と被告との協定書を作成する段階に至ったため、同年末か翌平成元年一月初めに、協定原案が被告から篠木に交付され、篠木は原告にこれを示し、説明のうえ、署名押印を求めた。右原案には、原告が、本件負担金として金五五〇万円を被告に納めること、約五〇平方メートルの植栽用地を確保すべきことが記載されていた。篠木は右二つのことは、建築基準法上の要求ではなく、本件要綱の要求であること、本件要綱は法律に基づくものではないが、それに似たものであり、右要求を容認した協定書に署名せねば、以後の建築確認申請の手続きが遅滞し、工事も遅れることを説明した。ただ、本件要綱の要求は、法律に基づかないので、負担金についての裁判が堺市であり、堺市が負けていることを説明した。

原告は、右説明を完全には納得できなかったが、本件要綱による要求を拒否する態度を示さなかったので、篠木は、原告が納得したものと考え、署名押印のため右原案を原告に交付した。

4  原告は、植栽用地を確保することについては納得したが、本件負担金は高額であったため、納得できず、平成元年三月一〇日に被告の都市計画課に電話した(同月一日にも電話しているが、本件負担金のことではない)。そして、原告は担当者に対し、本件負担金の目的と本件要綱の法的拘束力の有無を質問したところ、担当者は、「目的は学校や道路の整備等に使用している」とし、「法的拘束力については、法律ではないので拘束力はないが、説明のうえ協力してもらっている。また、来所していただければさらに説明する。」等と答え、本件要綱及びそれに基づく本件負担金の支払いについて法的拘束力のないことを説明した。

また、その際被告の担当者は、原告に対し、本件負担金の納付がない場合の不利益等の話は一切していない。

5  原告は、被告の担当者から説明を受け、本件要綱及びそれに基づく本件負担金の支払いについて法的拘束力のないことを知り、その納付について不満をもったが、篠木の説明にあった工事の遅延等が発生した場合のことを慮り、篠木に対し、本件負担金の納付をするとの意思を示し、同年三月二〇日に、原告において、署名押印した協定書原案と金五五〇万円の小切手を持参し、被告の都市計画課、会計課を訪れ、本件負担金を納付することについての不満も述べずに、協定書原案及び小切手を交付した。被告の都市計画課の担当者は原告に対し、協定書原案に被告の公印を押捺して、協定書を完成させ、これを原告に交付し、協定が成立した。

そして、右のような協定書作成の過程による原告の本件マンションの建築の手続きの遅滞は特に発生していない。

6  その後、原告の本件マンションの確認申請手続、建築工事は順調に進み、平成二年三月末には、工事は終了した。

7  その後、原告は、本件負担金の納付について、弁護士に相談し、平成二年五月に本件負担金の返還を求める調停を起こし、更に本件訴えを提起した。

8  本件負担金納付後右調停を起こすまで、原告が被告に対し、本件負担金の納付についての不満、その返還を求めたことはなかった。

三  前項の認定事実によれば、被告の担当者は、本件負担金の納付に際し、原告に対し、本件負担金の目的を説明し、その法的性質についても法的拘束力はない旨の説明をなし、納付しなかった場合の不利益等について何も述べなかったことが認められる。

したがって、原告主張のような違法な行政指導は認められず、原告の国家賠償法一条の主張は理由がない。

また、前項の認定事実によれば、原告は、多少の不満を持ちつつも、篠木の言に従い、任意に本件負担金を被告に納付したものであり、右納付に際し、被告から原告に強制的言動が加えられたことは、認められない。

地方財政法四条の五における寄付金を割り当てて強制的に徴収する行為(これに相当する行為を含む)とは、地方公共団体がその権力関係または公権力を利用して、強制的に寄付の意思表示をさせて、これを収納する行為をいうところ、右認定の事実によれば、本件負担金の納付は同条に該当する行為とは到底いえない。

したがって、本件負担金は、原告と被告との間の有効な協定に基づき被告に納付されたものであり、これを無効とする原告の地方財政法四条の五違反の主張は理由がない。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がなく、棄却を免れない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 新井慶有)

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